冶金術
冶金術に関するいちばんはじめの出版物は、『ピロテクニアPirotechnia』の題で、イタリア中部の都市シエナに生まれたバンノチオ・ビリングッチオによって著され、1540年に刊行されています。
ビリングッチオはもと鋳物師であったが、後にはまた建築家、元老院議員ともなった人です。
彼の著書にはすべての鉱石が記載され、それを産出した鉱山が示されています。
また精錬、合金、鋳造の技術をきわめて詳細に説明しています。
また同時に、技術論文である本著書では、ビリングッチオは当時の鍛冶屋の生活の実態にもふれて、次のような辛らつな記述をあえて行っています。
"たとえば生まれながらにして、金工職人としての才能を備えている人であっても、また道楽からこの道に入ろうとしている人であっても、高貴な生まれの人は断じてこの職業につくべきではない、と私は言いたい。
また仮についたとしても、汗と多くの不快感のつきまとうような仕事に慣れていなければなりません。
その人は、夏場の自然の高熱と同時に、冶金に費やされるとてつもない火による絶え間ない灼熱にも耐えなければならないし、また冬には手を切るような水の冷たさと湿気に悩まされる"。
さらにビリングッチオは、次のように続けています。
"およそ冶金術を身につけたいと思う人なら誰でも、年齢や体格の面から見て、若く、頑健で、かつ精力的でなければなりません。
虚弱な人は失格です。
冶金術をすばらしいなどと思う人は、それに伴う残酷さがいったいどれほどのものなのか気づいていないのだろうかと疑わざるを得ない。
というのも、鋳造師たちはいつも煙突掃除夫のように、木炭やすすで真っ黒になっているからです。
加えてこの仕事には、人間の全精力を傾注する激しい持続的な緊張が要求され、それは身体に甚大な害を与えるばかりでなく、場合によっては、生命にすら決定的な危険をもたらすことがあります。
さらに、冶金は成果を見るまで職人の心を不安と恐怖に陥れ、精神の休まる暇がない。
だが、こうした厳しい条件のある反面で、それは見返りの多い精巧な芸術であり、だいたいにおいて楽しい仕事である"。
おそらくロートアイアンにはじめて手を染めた職人たちも、これと同じ感慨を抱いていたことでしょう。